東京地方裁判所 平成元年(行ウ)197号 判決 1991年3月01日
原告
奥津茂樹
被告
東京都知事
鈴木俊一
右指定代理人
金岡昭
外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が原告に対して平成元年九月五日付けでした東京都公文書の開示等に関する条例(以下「本条例」という。)に基づく公文書非開示決定処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。
第二事案の概要
一原告の地位
原告は、東京都文京区内に事務局を有する「情報公開法を求める市民運動」と称する団体に事務局長として勤務しており、本条例五条三号の「都の区域内に存する事務所又は事業所に勤務する者」として、本条例による公文書の開示を請求することができるものである(この事実は、<証拠>によって認めることができる。)
二当事者間に争いがない事実
1 東京都総務局は、昭和六三年一〇月から一二月にかけて、個人情報保護条例制定の準備作業として、各部局(知事部局、公営企業局、警視庁、消防庁等)が保有している個人情報の実態調査を行った。その調査方法は、「個人情報実態調査票」に所要事項の記入を求め、これを提出させるというものであった。
2 平成元年八月二三日、原告から被告に対して、「個人情報実態調査に関して警視庁から入手し、取得した一切の文書」について、本条例による開示の請求がなされた。
これに対し、被告は、同年九月五日、右開示請求の対象となっている文書が警視庁から提出された「個人情報保護対策の検討について」と題する文書(以下「本件文書」という。)であるとしたうえ、本件文書が開示しないことができる公文書の範囲を定めた本条例九条八号所定の情報(監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画その他実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、……関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は……)が記録されている公文書に当たるものとして、これを開示しないとの決定をし、原告に対して公文書非開示決定通知書でその旨を通知した。
3 なお、本条例七条四項によれば、開示の請求に係る公文書を開示しない旨の決定をする場合には、非開示決定通知書に非開示の理由を付記しなければならないものとされており、本件非開示決定通知書には、右非開示の理由として「本条例九条八号に該当」との記載がなされている。
三争点
1 まず、原告は、本件処分についてなされた前記のような理由付記は、決定権者の慎重かつ合理的な判断を確保し処分の理由を相手方に知らせるというその目的からして、不備なものであり、この点で本件処分は違法なものであると主張している。
これに対し、被告は、平成元年九月一四日に原告が来庁して本件文書を非開示とした理由を質問した際、担当職員が、本件文書を開示すると都と警視庁の協力、信頼関係が損なわれることになるとの説明を行っており、原告は本件処分がいかなる理由によってなされたかを十分承知しているから、本件処分の理由付記には欠けるところはないと主張している。
したがって、本件の第一の争点は、本件処分に理由付記の不備があるか否かという点である。
2 次に、被告は、本件文書は、東京都が前記のとおり庁内の各部局の保有する個人情報の実態調査を行った際に、警視庁から行政内部においてのみ使用しこれを公にしないことを条件に取得したものであるから、これを開示すれば警視庁と東京都との協力信頼関係が損なわれるとともに、今後の正確な調査報告の協力が得られなくなり、事務の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるから、本件文書は本条例九条八号所定の開示しないことができる公文書に当たると主張している。
これに対して、原告は、本条例九条八号は、事務事業の内容及び性質に着目して非公開にできる情報の範囲を定めたものであり、同号前段掲記の「監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画」の各事務事業に類似、関連する事務事業に関する情報だけが同号に該当するものと解すべきところ、本件文書の情報に係る事務は、右例示に係る各事務のようにその内容及び性質からして当然に秘密性を有するものとはいえないし、また、被告の主張するように情報提供者との間で非公開とする条件が付されていたということだけでは「開示することにより、……関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの」という同条後段の要件に当たるものともいえないから、右のいずれの点からしても、本件文書は同号所定の情報を記録した公文書に該当するとはいえないと主張している。
したがって、本件の第二の争点は、本件文書が本条例九条八号所定の開示しないことができる公文書に該当するか否かという点である。
第三争点に対する判断
一本件処分についてなされた理由付記の適否について
本条例七条四項が開示の請求に係る公文書を開示しない旨の決定をする場合に非開示決定通知書にその理由を付記することを要求している趣旨は、原告の主張するとおり、決定権者の慎重かつ合理的な判断を確保するとともに、処分の理由を相手方に知らせることにあるものと解される。
ところで、本件非開示決定通知書には、その非開示の理由が、本条例九条八号という具体的な条項を明記することによって記載されていることは前記のとおりであり、しかも、本件で原告が開示を請求したのが、前記のとおり個人情報実態調査に関して被告が警視庁から入手、取得した文書であることからすれば、被告側の本件文書の非開示の理由が、右の本条例九条八号に定められた事由のうちの、その情報を開示することにより、関係当事者すなわち警視庁との間の信頼関係が損なわれ、ひいては被告が行う将来の事務事業の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるとの点にあることは、原告にとっても容易に認識できるところであったものと考えられる。現に、<証拠>によれば、右通知書を受領した原告が九月一四日に東京都情報連絡室を訪れ、担当係官との間で本件処分の理由をめぐるやり取りを行った際、原告の方でも、本件処分が本条例九条八号にいう「関係当事者間の信頼関係が損なわれる」ことを理由としてなされたものであることを認識しており、そのような発言を行っていたことが認められるのである。
そうだとすると、本条例による文書非開示決定に付された理由に不備があること自体が右決定の違法理由となることが一般論としてはあり得るとしても、本件処分に付された理由については、その記載に本件処分を違法ならしめるような不備があったものとすることは困難である。結局、この点に関する原告の主張は採用できない。
二本件文書が開示しないことのできる公文書に該当するか否かについて
1 本条例二条一項によれば、もともと警視庁(公安委員会)は本条例による公文書の開示の実施機関とはされておらず、したがって、警視庁において作成され又は管理されている文書は本条例による公文書の開示の対象から除外されているものであるが、<証拠>によれば、警視庁から被告のもとに本件文書が提出されるに至った経緯は、次のようなものであったことが認められる。
すなわち、前記のとおり、東京都総務局では、昭和六三年一〇月ころ、各部局が保有している個人情報について調査票に所要事項の記入を求めるという方法による実態調査を行うこととしたが、警視庁からは、右のような方法による調査に対しては協力が得られなかった。そこで、総務局の担当部署と警視庁の担当官との間で種々折衝を行った結果、ようやく警視庁で保有している個人情報のファイル件数、個人登録数のみが記載された本件文書が提出されるに至ったが、右の調査に際しては、総務局の担当者の側でも、その調査結果等を外部には公表しないとの説明を行っており、また警視庁から本件文書が提出されるに当たっても、警視庁側からは、本件文書の内容を外部に公表しないようにしてもらいたいとの申し入れがくり返しなされていた。
2 右に認定した事実関係からすると、本件文書に記録されている情報は、もともとは本条例による開示の対象から除外されているものであるが、被告の行う事務事業のための資料に供する目的で、これを外部に公表しないとの了解のもとに、警視庁から本条例による公文書開示の実施機関とされている被告のもとに送付されたものということができる。
そうだとすると、右のような情報の記録された本件文書を被告が開示することは、被告と警視庁との間の信頼関係を損なうとともに、今後の類似の調査等に対する警視庁側の協力をも困難にし、被告の行う事務事業の円滑な執行に支障をもたらすおそれがあるものといわなければならない。
この点について、原告は、本件文書は、本条例九条八号前段にいう情報に含まれないし、また、公開しないことを条件に提出されたということだけでは、同号後段の要件を満たすものともいえないと主張する。しかし、一般に法令における用語法としては、「その他」がその前の言葉に例示的な意味を持たせて用いられるのに対し、「その他」はその前の言葉と「その他」以下の言葉とが並列関係にある場合に用いられるのが通例であるから、本条例九条八号前段の「その他実施機関が行う事務事業に関する情報」についても、それがその前に記載された「監査、検査、取締り、徴税等の計画……用地買収計画」に類似、関連するそれ自体が秘密性を有する事務事業に係る情報に限定されるとする原告の解釈には疑問があり、また、仮にそのように解すべきものとしても、本件文書に記載された情報が、もともと本条例により開示を求めることができる実施機関には含まれていない警視庁が自らの事務事業に関する情報として保有していたものであって、それ自体は本条例による開示の対象とはならない情報であることからすれば、これが更に外部に公表しないとの了解のもとに情報開示の実施機関に提供されたような場合には、右情報を内容とする文書は同号前段の文書に該当するものと解するのが相当であるから、いずれにしても、この点に関する原告の主張は採用できない。
すなわち、本件文書は、本条例九条八号掲記の開示しないことができる公文書に該当するものというべきであるから、被告のした本件処分は、適法なものということになる。
(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)